SOJO model の適応事例、活動報告

地区での住民活動

福島県大越町

福島県旧大越町は、周囲を山に囲まれ豊かな自然に恵まれた、当時人口6千人の町でした。現在では周囲の町村と合併して、人口も約45,000 人のT市となりました。

 旧大越町では、1993年に国の「地域保健特別推進事業」を取り入れ、健康なまちづくりを推進することとしました。

 高齢化が進む中、行政と住民、組織や団体が縦割り的ではなく、それぞれが持っている力を出し合って安心して暮らせるまちづくりの実現を目指し、話し合いを始めたのは1993年のことでした。

 はじめは、「地域の高齢者の実態を知る」ということで、白山区の高齢者の生活の実態を話し合っていたのですが、だんだん話が暗くなり行き詰まってきました。

 そのころ、蘇陽町に視察に行った人たちから、あんな活動ができたらいいねという声が上がり、「住み良い、健やかな地域とはどのような地域だろうか」というテーマのブレーンストーミングの試みを始めました。しかし、最初の頃は、実態把握から入る方法とSOJOとが混同していたような感じでした。

取り組みのきっかけ

 大越町の保健師は、それまで、疾病予防を中心に活動していきて、毎年繰り返しても変わらない健康教育の在り方に疑問を持つ近隣町村の保健婦や保健所保健婦が1987年頃から集まり、学習の場を持つようになりました。

 特に、保健所保健婦が、学習を呼びかけたり、場を設定したりと、仲間づくりに中心的な役割を果たしてくれました。共通の悩みを持つことを知った私たち保健婦は、松下先生を招いて県内の保健婦に呼びかけ、自主研修を企画、運営したりと、今までになかった新たな視点を持って住民の生活を見る活動ができるようになりました。

 こうした学習会を通して、住民には力があると気づき、本音を聞くことの大切さや、今まで何とも思わなかった行政のあり方に対する疑問がわいてきました。

 もっと住民の力を出せる場があればと考えていた1993年、県から新しく赴任した助役さんの助言もあり、今回事例取り組みのきっかけとなった地域保健特別事業を実施することになりました。

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活動の背景

当初の構想


 この事業の当初のねらいは、住民の力を高齢化社会の中で生かすことでした。そしてそれは、保健活動の予防の視点を持ち、ともに支え会える地域づくりを目指すものでした。

 具体的には、住民の学習を通して、自主グループを育成し、それらのグループが互いに結びつき、ネットワークをつくりあげていくという構想でした。例えば介護を考える会や、子育てを考える会などです。
 大越町の保健師は、それまで、疾病予防を中心に活動していきて、毎年繰り返しても変わらない健康教育の在り方に疑問を持つ近隣町村の保健婦や保健所保健婦が1987年頃から集まり、学習の場を持つようになりました。

 特に、保健所保健婦が、学習を呼びかけたり、場を設定したりと、仲間づくりに中心的な役割を果たしてくれました。共通の悩みを持つことを知った私たち保健婦は、松下先生を招いて県内の保健婦に呼びかけ、自主研修を企画、運営したりと、今までになかった新たな視点を持って住民の生活を見る活動ができるようになりました。

 こうした学習会を通して、住民には力があると気づき、本音を聞くことの大切さや、今まで何とも思わなかった行政のあり方に対する疑問がわいてきました。

 もっと住民の力を出せる場があればと考えていた1993年、県から新しく赴任した助役さんの助言もあり、今回事例取り組みのきっかけとなった地域保健特別事業を実施することになりました。

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活動の背景

活動の始動

 まず、この事業の進め方について 課長会で話をし、他課長の理解を得て、この事業を理解してもらい、一緒に進めるために、行政職員によるプロジェクトチームを設置しました。そこでの話し合いから、モデル地区として白山区を選び、地区の住民に呼びかけ、住民の組織として「白山区すこやかな地域づくり推進員会」を設置しました。そして、住民の学習会を開催し、本音で語ることの楽しさを体験してもらいました。

 一方、プロジェクトチームは町職員と住民が一緒になっていきいきと活動している先進地として、熊本県蘇陽町と長野県松川町に視察研修に行きました。

 視察研修にいった人たちから、松川町では、すごい住民のエネルギーに感心したという感想や、蘇陽町では、町民を主人公にした行政の姿に感動したなどの感想が聞かれ、特に蘇陽町では、いきいきと話してくれた課長さん、保健婦さんから、住民と同じ夢を持つことの楽しさが伝わってきました。この研修に参加したことで、それまで、この事業を否定的にとらえていた職員もみんなと同じ思いになったような印象が得られました。

 また、蘇陽町では担当保健師が、地域づくり型保健活動と出会い、モデル地区での活動もこの進め方でできないかと担当保健師は思いました。

 当時、県立総合衛生学院では、地域づくり型保健活動を教育に取り入れ、岩永先生の講義が年間数日、オープンの講座として設定されていました。

 そこで、県立総合衛生学院の先生や、講座の日にあわせて岩永先生に会いに行き、助言を得ながら住民と一緒に障害を持ってもいきいきとした生活ができる地域を目指して、この地域に必要な条件を整えるための役割などの話し合いを始めました。

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準備の段階

専門家と相談

 最初に、住民の学習を通して、例えば介護を考える会や、子育てを考える会などの自主グループを育成し、それらのグループが互いに結びつき、ネットワークをつくりあげていくという構想でしたので、その当時県立総合学院に講義に来ていた松下拡先生に相談して、地域での高齢者の実態を知るための学習会をグループワークで組み立てました。

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準備の段階

担当者間での事前打ち合わせ

  SOJO model によるワークショップを始めるに当たり、担当保健師は、同僚の保健師やプロジェクトチームのメンバーに相談しました。

 そこでは「区民アンケート調査結果から出てきた50代の女性の介護不安の問題はどうするんだ」「まずは問題解決が先ではないか」「今までいろいろやってきたけどなかなか進まないので新しい話し合いをやってみてはどうか」「うまくすすめられるのか」「時間がかかるのではないか」などの意見が出ました。

 担当者や多くのスタッフにとっては、SOJOによるワークショップは初めての経験であり、住民はどんな反応をするのだろう。住民の質問に答えられるのだろうかなど不安で一杯でした。

 担当した保健師自身も今まで一度もSOJOによるワークショップを体験していないこともあり、説明できるか考えるとマイナス思考になっていました。
 しかし、問題を見いだすためにアンケートを実施し、結果について解決策を話し合ってきても何をすればよいか先が見えていなかったあの時期は、SOJOモデルに切り替えることで新しい出発になると思ったことや、視察研修先のいきいきした活動が頭から離れず、みんなでやればいいんだとSOJOモデルに取り組むことを提案しました。

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準備の段階

ワークショップ参加者の募集

 住民と一緒に話し合うワークショップをを進めるに当たり、一つの地区をパイロットとして白山区を選定しました。

 その地区では、区長さんが熱心で、しかも自分でどんどん進めるのではなく、なるべく地区のいろんな人と話し合って決めようという姿勢の人でした。

 まず、その区長さんに、今回のワークショップの進め方を相談し、その区長さんと話し合って、この話し合いをするのに、どんな人たちと進めていけばいいのかを考え、候補者をあげてみました。その上で、区長さんと保健師とが候補者の家を回って今回やろうとしていることを伝え、参加の意向を確かめました。

 その結果、参加に同意した人は60数名になりました。

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ワークショップの運営の段階

初回のワークショップでの趣旨の説明と最初の話し合い

  事前の打ち合わせに沿って、担当者がこれまでの計画作成の経過やその後の推進段階での悩みなどを参加者に説明して、保健師から、今回のワークショップの考え方や進め方の概要を説明しました。その後、岩永先生がなぜこのような進め方が重要かという話をしながら、次第にワークショップの具体的な進め方に入りました。

 初回では、少し具体的な話し合いに入った段階でワークショップを終了し、参加しての感想や疑問などをグループごとに話し合ってもらいました。

 初回は全体の時間を2時間30分ほどにして、セレモニーや担当者、保健師の話を1時間弱、岩永先生からの話とワークショップの導入で1時間強、残りの時間を感想などの話し合いとしました。

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ワークショップの運営の段階

参加者の戸惑い

  集まったメンバーは昼間の開催ということもあり、高齢者が目立ちました。それでも大勢の参加者があり、岩永先生の「健康だと思う人はどの位いますか」の問いかけに、顔を見合わせながら、手を挙げたり引っ込めたりしていました。

 蘇陽町での健康な暮らしの話し合いを聞いてから、白山区の高齢者の健康な暮らしを具体的にイメージする第一段階では、なかなか理想の暮らしが出てこないグループや何を話せば良いかわからないグループ、理想の暮らしなんて実現できるはずがないというグループもあり、進行する保健師も戸惑ってしまいました。

 しかし、このワークショップの前に白山区の高齢者が「歳をとっても地蔵様のまつりにはいきたい」「白山区のスポーツ会には参加したい」という話を聞いていたため、そこからまた話し合いをすすめたところ、ほとんどのグループから理想の暮らしが出され、話し合いが終わってから各グループで報告する場面ではわきあいあいの様子が印象的でした。

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ワークショップの運営の段階

その後のワークショップの様子

 プロジェクトチームと白山区すこやかな地域づくり推進員(以下推進員とします)は、1回目の話し合いを継続してSOJOのワークショップに取り組むことにしました。しかし、ワークショップでの話し合いはなかなかすすまず、目的関連図が1つしか書けない夜もありました。現状から離れられず、課題ばかりが出たこともありました。

 その都度担当保健師は、県立総合衛生学院の教員に指導を受け、ゆっくりでもいいという思いが出てきました。

 推進員もプロジェクトチームも頭を寄せ合い、一枚の模造紙に夢を書き込んでいきました。

 毎回のワークショップの終了時には、各グループの推進員が自分達のグループでの話し合いの内容を報告するのが当たり前になり、住民の力を感じるようになりました。

 毎月1回のこのワークショップは、正に住民と行政が協働していた時間でした。

 5回目のワークショップの頃、推進員から「またこの続きをやるの?」と聞かれ、先を見通せない自分に失望しながらも、本音で話せる仲間ができたことをうれしく思い、「一緒にやればなんとかなるよ」と答えていました。

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ワークショップの運営の段階

ワークショップのまとめの段階

 目的関連図もいよいよ完成に近づき、わくわくしていました。先が見えると言うことはとても安心できるものです。

 ワークショップのメンバーがそれぞれの役割を話し合いながら、色のついたマジックをもち、本人、家族、地域、環境を目でわかるように囲みました。

 あとは文章として構想書に仕上げるだけになり、大きな問題に突き当たりました。

 全体の中で、区民の役割や推進員会の役割、行政の役割について充分話し合っていなかったことに気づき、どうしようかと迷ったのですが、「担当者が決めることではない」という思いから、再度推進員と話し合いをもちました。

 そして構想書案ができたとき、真っ先に推進員に見て欲しくて数名の推進員を訪問しました。

 「ずっと話し合ってきたことをまとめたけれど、これでいいかな」ドキドキしながら構想書を差し出すと

 さっと目を通す方、一晩じっくり読んだと言う方など様々でしたが「今までの話し合いの結果が良く書かれている」「すばらしいものができたね」という声を聞いて心の底から安心しました。

 決して上手な表現ではなかったけれど、白山区での健康な暮らしを実現するための活動の手引きができあがりました。

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その後の活動

構想書をもとにした活動の実践

 平成9年3月に構想書が完成し、その後は推進員が中心になり、活動を実施しています。

 当初は毎月のように催しがあり、推進員が疲れる場面もあり、その都度一緒に話し合いを進めました。その話し合いの過程で、本当は催しは手段でしかないのに、いつのまにか催しを実施することが目的になっていたのではないか、人を集めることが目的のようになっていたのではないか、それでみんな疲れてきていたのではないかということに気づき、無理をしない活動の定着をすすめてきました。

 推進員の活動拠点となる白山コミュニテーセンターも建設されました。これは、白山区でのワークショップに参加した人たちから、建設のための補助金の申請が出され、自治宝くじから1,000万円をいただき、区民が不足分を出し合って建設しました。必要な物品は地域づくりサポート事業や赤い羽協働募金などを活用しました。

 コミュニティセンターを利用した初めての会食会にそれまで一度も外出しなかった車いすのお年寄りが参加して喜んでいる姿をみて、推進員と一緒に「夢はかなうんだね」と手をとりあって喜びました。

 現在まで、毎月1回の配食サービス・年に3回の区民会食会・年1回の活動報告会が定着した活動となっています。

 平成17年には、計画の見直しを目的にアンケート調査を実施しましたが、高齢者に偏らず、活動してほしいという声も多く、今後の課題となっています。

 保健師は推進員の他地区との交流会などに同席させてもらう機会もあり、いつでも相談できる環境を整えて活動を支援しています。
プロジェクトチームと白山区すこやかな地域づくり推進員(以下推進員とします)は、1回目の話し合いを継続してSOJOのワークショップに取り組むことにしました。しかし、ワークショップでの話し合いはなかなかすすまず、目的関連図が1つしか書けない夜もありました。現状から離れられず、課題ばかりが出たこともありました。

 その都度担当保健師は、県立総合衛生学院の教員に指導を受け、ゆっくりでもいいという思いが出てきました。

 推進員もプロジェクトチームも頭を寄せ合い、一枚の模造紙に夢を書き込んでいきました。

 毎回のワークショップの終了時には、各グループの推進員が自分達のグループでの話し合いの内容を報告するのが当たり前になり、住民の力を感じるようになりました。

 毎月1回のこのワークショップは、正に住民と行政が協働していた時間でした。

 5回目のワークショップの頃、推進員から「またこの続きをやるの?」と聞かれ、先を見通せない自分に失望しながらも、本音で話せる仲間ができたことをうれしく思い、「一緒にやればなんとかなるよ」と答えていました。

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活動の広がり

母子保健計画策定での話し合い
母子保健が市町村に移譲になる平成8年に、計画策定をすることになりました。

   担当者は白山区で学んでいるSOJOモデル取り入れました。住民はもちろん、他課の職員もグループになって何度か話し合いを重ねて策定しました。

 しかし、策定後は保健担当者だけが計画書に基づいた活動をしています。白山区では時間はかかったけど皆が実行している点が違っていました。

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活動の広がり

母子愛育会活動計画策定での話し合い

 平成17年3月に5つの町村が合併し、大越町だけで活動している「母子愛育会」の存在があやうくなってきました。

 そこで、誰に聞かれても説明できる組織にしていこうと考え、SOJOモデルによる活動計画作成を役員に呼びかけ、了解を得て開始しました。

 役員9名にモデルのすすめ方を説明し、時間がかかることや毎月開催している分班長会議を利用することなどスケジュールについて話し合いました。

 第一段階ではなるべく多くの班員から声をきき、次回からは固定したメンバーですすめてきました。

 途中役員会で修正したり、見通しを話したりと2年をかけて計画書ができあがりました。

 現状把握が任期中にできず、昨年度新しい班員によりアンケートをとりました。

 母子愛育会は2年ごとにほとんどが入れ替わるため、毎年の班員研修は計画書の共有がなにより大切になりました。

 しかし、計画書をもつことにより会の目的と手段が明確になり何をすべきか説明しやすくなりました。

 市でも子育て支援セミナーの開催には母子愛育会に声をかけるなど、その活動が認められるようになりました。    

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SOJO model の適応事例、活動報告